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麗加の家・下野まちさんぽ

元中学校勤務、元幼稚園勤務 養田 遊太郎 さん(ペンネーム)

ここ掘れワンワン幼児が歌う[Ⅰ]

古希の年を迎え、小さな事ではあるが生き甲斐を見つけたような気がして、今、幸せです。

38年間の中学校教員生活を終えて、ゆっくりと余生を過ごそうと企んでいた私に、幼稚園勤務の話が舞い込んだ。

恩義のある方からの話でもあり、即座に引き受けた。やや、軽はずみな性格がもろに出て、案の定、そんな簡単なものではなかった。 中学生を相手にしていた言動は、いつも穏やかではいられない。訓示を垂れねばならない場面もあり怒鳴らねばならない場面もある。時には肩を組んで涙する場面だってある。

そんな私が、おもらしする子や泣きじゃくる子、我儘し放題の子と生活をするとは、思ってもみなかった。勿論、すべての園児がそうではないが、少数であっても、私にとっては天と地ほどもある生活圏だ。端的にいえば、幼児を知らない男が幼児の教育にあたるわけで、無謀でもあるし、第一、幼児本人に申し訳ない、同時に保護者に対して無責任でもある。私がまずしなければならないことは、幼児を知るために幼児と遊ぶことしかないと腹を据えた。幼稚園経営はあまり考えないことにしたわけで、理事長に対して少し胸が痛んだ。それからの私は、幼稚園の先生方を師として、彼女らの一挙手一投足に目を凝らし、真似をした。しかし、上手くいくはずがない。一日が終わり、先生方とのミーティングが、私の反省する最高の場だ。そこには、幼児教育書に書かれていない、輝くようなドラマが再現する。

4月は、新園児が入ってくる。子どもたちの成長の度合いは、私にとっては想像できないほどの差がある。

おしめのとれない子、超可愛い幼児語を話す子、聞き分けのない子、ただ泣いている子、と思うと、しっかりと他の子を面倒みる子、5歳児のような子、大人のような口をきく子、等々同年齢でも見事に間口が広い。それらの子が、3・4・5歳とそれぞれの幅を持って交錯している集団が幼稚園だ。それ以上に驚いたことは、先生方が、しかも大学出たでの若い先生が、見事に調整をとって子どもたちを保育し教育している姿だ。少なくとも、私の身の回りにいる先生方の中に、大声でどなったり、子どもを無視したりする先生の姿を見たことがない。それどころか、喧嘩をしてあれだけ泣きじゃくりお互いに非を認めなかった子どもたちが、先生の膝の上でしっかりと抱えられ、うなづきながら諭されて、しばらくの後には、首を縦に振って、「ごめんね」と泣きやむ姿を見せられると、先生方が魔術師か神様のように見える。幼稚園の先生って、実にすごいと、単純な私は只ただ感動した。


園児が馴れ始まった5月の始め、3歳児のある男の子が、友達への乱暴を先生から注意されて突如切れた。

「どうせ俺なんていなくたっていいんだ!」「俺なんて死んだっていいんだ!」泣きわめきながらの強烈な訴えに、職員室が一瞬固まった。この子3歳児のはずだ。 この時ばかりは、さすがの先生方もてこずった。かなりの時間かかって、本人も疲れたのか一応収まったが、この子のこれからの人生を考えると一大事である。

早速、その日のミーティングは、この話題が中心でかなりの時間をかけた。その後も何度か同じようなパニック現象を見せられ、大改革に乗り出すことになった。両親は教育に非常に熱心で、我が子への期待感もあり、園への協力も人一倍強いものを持っている。このようなすばらしい両親の間で育った子がなぜ? 落ち着きを取り戻すために、今のこの時期を逃してはならないことは、先生方全員の一致した意見だ。保護者との密な連携を取りながら改善を図ることにして、後は祈るしかない。園では、可能な限り早めの登園を促し、出来るだけ遅く降園してもらい、当分の間、いつもより長い時間、幼稚園で生活してもらうこととした。その間、担任の先生の、彼を受け入れることを優先した優しい言葉かけと抱擁が始まった。担任に限らず、すべての先生方も見かけたら声をかけるよう、努めることにした。ご両親はよく相談に来られ、担任の申し出にも快く応じてくれた。それでもしばらくは効果が表れない。しかしあるとき「園長先生、○○君は最近パニックを起こしていませんね。」そう言えば、いつの間にかパニックが消えていた。忽然と消えていた。間もなく新しい年を迎えようとしていた。

「失礼します!」と職員室に入ってきた子が彼だ。もう小学生と言ってもいいくらいの風格さえ見せている。年長さんになった彼は、多くの友達の輪の中で、笑い声を立てながら、はしゃぎまわっている。卒園期に見せていた彼の行動は、むしろリーダーであった。 「卒園おめでとう!」と手渡した卒園証書を、緊張した表情ながら、しっかりと受け取った彼の目をみたとき、私の胸にこみ上げる熱い塊は破裂せんばかりであった。それを見つめる担任教諭は、既に涙の中にあった。ハンカチを握りしめた母の姿と目を赤くした父親の姿もあった。もう大丈夫だ!もともと優秀な素質が、保護者と園のスクラムによって目を覚まし、時間はかかったが、自分で自分を成長させていった。加えてご両親の深い愛情と先生方の熱意ある努力に拍手を送りたい。そして、彼は認められる快感を自分のものにして成長した。保護者の保育の悩みや苦労話を何度となく聞かされながら、幼稚園の先生方の保育・教育の苦労を間近に見聞きすると、私の人生の大半を費やした中学校教育の中の生徒指導の悩みの解答をもらっているような気がしてきた。 幼児教育の中に、何か得体の知れないとてつもない偉大なものが隠れていると感じたのだ。

中学校教育は、教科と生徒指導、教育課程外の部活動の大きな3本柱で成り立っている。更に、○○指導と名のつく物がびっくりするほど多く存在し、担任教諭はまさにスーパーマンである。教科指導が一番大切とよく言われるが、そう簡単なものではない。 中でも一番悩まされるのは、生徒指導だ。心と心のやり取りがベースになるから、その時の状況で何が起こるか分からない。教師の人間性がもろに出てくる場面でもあり、生徒の心の成長度合いを見せられる場面でもあるわけだ。 生徒による暴力事件の場合、軽微ならともかくエキサイトした喧嘩は解決も難しい。事件を起こした当人を呼んで、なぜそうしたかを聞くと、時折「うざかった」「おもしろくなかった」「気に食わなかった」の理由に出会うことがある。理由になっていない理由で暴力行為に走ってしまう。教師の指導に反発し生徒らしからぬ言動で応じられると、元気のよい教師は時に過激な指導に走ってしまうことがあり、そこに至って形成が逆転する。生徒は脇にやられ、大人同士のやりとりとなって教師が悪者となり、それ相応の責任を取らされることになるのが普通のパターンだ。勿論生徒は、法律に守られて責任をとらされることもなく、当然罪の意識は軽くなる。責任転嫁の成立状態だ。そして、多くの生徒が再度事件をおこしながら大人になっていく。やりきれない。

そもそも「うざかった」の時点で、すでに心に傷を負っているわけで、いつどこでかは分からないが、心は人との関わりの中で成長すると考えれば、誕生直後の母親との関わりからすでに心は成長し始めると考えられそうだ。 ものの本によると、心の積み重ねは幼児期であると教えてくれる。実際、幼児と遊んでいると、心の積み重ねをしていると実感できる場面に、次から次へと遭遇する。 この心の積み重ねの時期に心の傷を作ってしまったとすると、問題は深刻になる。 前出の生徒は既に中学生となっているわけであるから、心の傷がとっぷりと体内にとどまってしまっていたなら、後は専門家の手を借りなければどうにもならない。 たとえそうでなくても、乳幼児期における母親との愛着問題と遊びで作られる心の積み重ねは、その後の成長に大きく関わることは間違いない。

英才教育は3歳からとか、0歳からとかいう活字が目に飛び込む時代であるが、その意図するところを深く考えぬまま、いわゆる学問の世界に入りこまされた乳幼児は悲惨である。

正常な心の積み重ねの時期を体験せぬままの大人への成長は考えるだけで恐ろしい。 仕事が忙しい、生活が苦しい、あるいは豊かな経済状態をめざし、さらには煩わしい子育てから解放されたい、などが優先されがちな現代の社会では、いきおい目に見えない乳幼児期の心の成長には特に関心を寄せにくくなるなど、マイナス視点が積み重なる。逆の視点で考えれば、乳幼児に目を向け、一緒に遊び、見つめて遊べば、必ず落ち着いた世の中に進んで行くはずと訴えたい。

(次号へ続く)


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